第三の窓〜Third Window〜
 
 ●●ようこそ、第三の窓へ●●
 
 このところ、あまりライヴに行ってしません(笑)。上野洋子さん(もとzabadakの、と書くと失礼にあたるかしら(^_^;))の参加しているマシュマロウズのライヴに、昨年、四月に行くはずだったのですが、ちょうどその日に母が足を骨折してしまい、行けず仕舞い。
 ああ、その後に、SMAPのドーム・ライヴに年末に行ったっけ(笑)。でも、SMAPのライヴは、なんとなく、ショーを見ているようで、ライヴに行ったという感じはしないなぁ。楽しいから好きだけれど(笑)→まぁ、好きだから行くのだし(笑)。
 わたしの音楽の趣味というのは、大体、ふたつの傾向に別れている。どうやら、それはわたしの精神状態、躁期であるか鬱期であるか、というのと少しだけ関係しているようなのだけれど。
 躁期であり、比較的精神状態が安定している時……わたしはひたすら、静かな音楽にのめっていく。かつて好きだったのは、イギリスのトラディショナル・フォークと呼ばれる音楽。わたしについてでも書いたけれど、もっとも好きだったのが、バート・ヤンシュとジョン・レンバーンというアコースティックなトラディショナル・フォークの第一人者ふたりが揃い、そこに歌姫ジャッキー・マキシーが加わっていた、伝説的なグループ、ペンタングル。アルバム“Basket of Light”の中にあるハンティング・ソングは特に好き。
 まぁ、この辺りが好きなのは、わたしがファンタジーが好きであるのとルーツ的には似ている部分もあるけれど、たぶん。zabadakの上野洋子さんの歌声を生で聞いた時、ジャッキー・マキシーの声を生で聞いたらこんな感じだったのかしら、と思いました。わたしがzabadakというグループを知ったのは、葛生千夏さんのおかげ(笑)。
 葛生さんは、かつて雑誌「ユリイカ」でのアーサー王特集の時にアーサー王伝説についての鼎談をして幸運にも知り合うことができたミュージシャン。日本で、本当の意味で一番好きなミュージシャンといえば、わたしにとっては葛生千夏さんかも。
 その、わたしの大好きな葛生千夏さんが作って下さった、わたしの『三剣物語』のイメージアルバムは、なんだか互いにラヴレターであるかのような作品になってしまったのだけれど(笑)。
 その中で、オルファリアのイメージに合う歌手を、ということで葛生さんが依頼したのが上野洋子さんだったのですが。VOICES、という歌で、上野さんの声を初めて聞いた時の印象は鮮烈でした。葛生さんのご自身の、少年のような生硬な澄んだ声も何よりも愛していますが。
 ともかく、あのイメージアルバムは、わたしにとっては大切なものです。yahooオークションなどでも、あのアルバムだけはいつも出典されると何であれすぐさま競りになっているので、きっと音楽ファンにも長く愛されているのかしら、と嬉しくなります。
 タンジェリン・ドリーム、マイク・オールドフィールド、ジェネシス、キング・クリムゾン……プレグレッシプ・ロックと呼ばれていた音楽。今ではちょっと・ださいイメージがあるらしいですけれど、これらの音楽がわたしは好きでした。物語を感じさせてくれる音楽だったからです。基本的に暗いタイプの人間だったわたしは、こうした音楽や、ペンタングルやジョン・レンバーンのアルバムをカーテンを引いて昼間から暗くした室内でよく聞いていました……はい(笑)。
 わたしは、暗闇の中にいるのは大好きです。暗闇の中にいる時が、一番、純粋に自分の中の光を感じられます。世間の明るさの中にいる時、どうもわたしは居心地悪さを感じる時もありますね。
 実は、わたしはネットという世間にもちょっとびくびくしているところがあります。あまりにあけすけな場所のようにも感じられるので、ネットは。世間に対して、広く視界が広がりすぎるのでしょうね。
 わたしは、狭くて暗い場所が好きです、安心できるから。人には、見なくてもいいところがある、と時々、わたしは思います。どうせ、世界のすべてを神のように知ることなどできないのでしたら、知ることができる場所は美しいほうがいい……そう、よく感じます。暗闇は世界の醜さを優しく隠してくれて、さらにその中に炊かれた火の暖かい炎に照らされた小さな空間には、人のきれいな暖かい気持ちが集まることもできます。
 わたしは、本当にあけすけな、すべてをあからさまにする視線、というのが嫌いです。人間の中にはもちろん醜い気持ちもあれば、排泄しなければならない汚いものもあります。でも、そうしたものは隠すのが、人間としての嗜みであろうと思うし、上品さ、というものじゃないかな、と思います。……あまり隠しすぎても、欺瞞が過ぎる、というこになるかもしれませんけれどね。
 でも、だから、たぶん、わたしはあまり、セックス・ピストルズとかイーノとか、その手のあからさまなものにあまり惹かれないのでしょう。時々……すごく精神状態が悪い時には惹かれる時期もあるのですけれどね。
 でも、たいがい、わたしは闇の中に籠もります。そうしたところは、わたしの嗜好のすべてにおいて傾向としてあるようです。
 さて、こうした状態が、躁期のわたしの、比較的精神状態が安定している時の音楽嗜好であり、わたしのいわゆる“常態”であるとして、鬱期に入ると、わたしは音楽の嗜好がまったく変わってしまうのです。途端に、わたしの体はうるさい音楽を求め始めてます。それも、サービスをとことん求め始めるのです。
 そうした時期にわたしがいままでに転んだ音楽が、ジャーニーであったり、マイケル・シェンカー・グループであったり、プリンスであったり、B'zであったりするのですよね。なんてわかりやすいのかしら、わたしの精神ってば、と時々思います。ああ、恥ずかしい(笑)
 ちなみに、クラシック音楽とかミュージカルとかも、この時期にはよくはまりますね。歌舞伎やお能にも行きたくなります。こういう時期のわたしは、ひたすらにミーハーです(笑)。ライヴにも行きまくります。
 今のわたしは、どうもかなり躁期に入ってきているらしく……。わたしの躁鬱は、周期がとても長くて、どうやら十年くらいであるらしいです。小説を書き続けていたこの十年、基本的にはわたしは鬱期であったようです。でも、そろそろ躁期になってきたので、趣味がどんどん本来に戻ってきて、マニアックになっていきそうで怖いですね。最近は土が心地よく、闇が嬉しい。久しぶりに、また、ペンタングルもよく聞くレパートリーになってきました。