| ●ついに……『王の帰還』を観ました!● 一月十五日に、マスコミ向け完成披露試写会があり、ついに『ロード・オブ・ザ・リング第三部 王の帰還』を観ることができました! いつもわがままを申し上げてごめんなさいっ、富士見書房のO氏! 今年こそは頑張って奉仕します──(汗)。 でも、『第一部 旅の仲間』から……長かったようで、早かったようにも感じます。心の底からの満足感とともにあるわたしがここにいます。ピーター・ジャクソン、あなたに心からのリスペクトを! 『指輪物語』の三十年以上のファンであるわたしは、あなたの作品にとても感動しました。そして、この三部作最終の作品は、わたしにもっとも深い酔いを与えてくれました。 ひとつだけ、確実に言えるのは、期待しすぎてがっかりする、ということは、たぶん、まずありません。 もちろん、原作のビジュアル化は許せない、思い入れが深くて他人の解釈を受け入れたくない、という人は別ですが、そういう人はすでに第一作で先を観ていないでしょうし。この第三部を心から待ち望んでいた人ならば、絶対に、期待以上であろう、と思います。 ここから先は、先入観なしに観たい人は読まないように。ネタバレほどではありませんが、かなり突っ込んだ感想を書いています。 なんといっても、今回の圧巻だったのは、ミナス・ティリスの攻城戦です。ヘルム峡谷の戦いも凄かったけれど、今回は、それどころじゃありません。 白き塔を中心に、幾重もの城壁に守られているミナス・ティリス──初めて『指輪物語』を読んでいた十代の頃、外側から城壁が破られていって、ひとつ、またひとつと落ちていって次第に内側へと追い詰められていく戦いに、恐怖を感じました。ファラミア命であったわたしは、ファラミアとゴンドールの騎士たちの絶望的な戦い、そしてオークの毒によって傷ついたファラミアが父親に殺されようとするのを、戦闘の指揮を執ってそれどころの騒ぎではないガンダロフのところへと駆けつけて、必死で助けようとするピピン──あの追い詰められた状態での必死の物語にすっかり入り込んでいました。そのシーンが、まさに目の前にありました。今回も、ガンダロフはものすごくかっこいい。 ああ、やっぱり、エオウェン姫がわたしは本当に好きだなぁ、と思いました。セオデン王とエオウィン姫とメリーのシーンには、涙なしでは見れませんでしたとも、勿論! エオウィン姫は、わたしが出会った、最初の「戦う姫君」でした。 いろんな場所で鳥肌が立つほどに興奮しました。 実は、一番、興奮したのは、アモン・ディンの烽火(のろし)のシーンだったかもしれない。あのシーンは、本当に烽火をあげたのかなぁ──。 今回も、オタクな突っ込みで映画が終わった後に騒いでしまったのは、フロドたちを迎えに行った鷲は原作でも三羽だったかということなんですが──。三羽でしたね、グワイヒアとランドローバルとメネルドール。ガンダロフは、グワイヒアに「弟と行ってくれ」と頼んでいたので、二羽の印象があったのですが、ちゃんと三羽でした。 死者の道のシーンでは、本当にピーター・ジャクソンの本領発揮でしたね。というか、もしかして、ピーター・ジャクソンが『指輪物語』を映像化したかったのは、あのシーンがあったからなのでは、と穿ってしまったり。 脚本は見事だなぁ、と思いました。『二つの塔』を見終わった後には、ちゃんとあと一作で最後まで収まるのかな、と心配になったのですが──その点は、見事だったな、と感じます。 時系列上に、ちゃんと三つのストーリーラインを整理して納めていました。 そして──何よりも見事だと思ったのは、『指輪物語』の、なによりも大切なテーマを外さなかった、ということです。 イライジャ・ウッドという俳優は、たいした役者であったなぁ、と思います。 誰よりも弱く、小さな者がもっとも重い荷を負い、弱い心を必死で鞭打ち、そしてようやく勝利したとしても、傷ついたものは二度ともとには戻らない──その哀しさ。 美しいものこそが去っていってしまう……その虚しさ。 もう少し……時間に余裕があったら、と思うシーンは幾つかありました、勿論。それはたぶん、また、スペシャル・エクスペンデット・バージョンで見せてくれるでしょうけれど、とりあえずは「ご苦労さま」と言いたい。 何よりもご苦労さま、と言いたいのは、この三部作によって、トールキンのあの物語の素晴らしさに気が付く人が格段に増えただろうという……そのことです。 ホビットたちの陽気さ、力強いはずの人間たちの弱さ、「心」が世界に何をするか。 ミナス・ティリスの絶望的な状況の中で、もうこれまで、と怯えつつも覚悟を決める小さなピピンに、ガンダロフは微笑みかけます。そして、この時──ああ、ガンダロフは人ではないのだな、と感じます。今回のガンダロフは、いろんな意味で魔法使いですね。ちゃんと魔法も使うし。 ホビット庄は美しく、たぶん──今のこの地球の人の世界にも、こんなふうな平和で美しい場所はあるのだろうな、と思います。 何が本当に美しいのか。 人があまりにいっぱいいるこの世界で、二十一世紀になり、こんなにも不安が渦巻いている中で、たかが映画で何が変わるわけでもないでしょうけれど。 でも、わたしの心の中では、トールキンはいつまでも特別であり、だから、この映画も特別です。 早く公開して欲しい。また何度も観て、何度も泣くでしょう。 でも、ともかくも──この映画を観ることができる「生」を手に入れることができた自分の命運に、まずは感謝しましょう。 |