レムリが梯子を昇りきるのと、ほとんど同時に、優雅にロランが飛んできて、すとん、とふたりの横に直地した。
 雅巳も秋津も、夢見心地だった。
「すげー……なまじの絶叫系のコースターより全然すげぇ」
 秋津は興奮して呟いてが、そういう比較はなんだかだぞ、と雅巳は心の中で考えた。
「それより。何よ、目の前にある、これって──」
 銀色に輝く眩いイルミネーションを枝という枝に一面に散りばめた巨大な城のような大樹──というのが表現として適切だろうか。
 木の背後の闇が、枝に点った幾千幾万もの銀の輝きの光のせいで明るんでしまっている。
 でも、その木を取り巻く星の光はその闇を明るませる銀色のたわわな光る実にもめげずに、その木を取り巻いて輝いている。
「巨大なクリスマス・ツリー……ってとこかな──」
 茫然とした声で秋津が呟くと、確かにそんなに感じがした。
 ただ、クリスマスツリーにはでかすごる──東京タワーほどの高さはありそうだ。
 箒に乗った瑠璃亜が近づいてきた。
「早く! 行きましょう!」
 たぶん、雅巳と秋津の足では、箒に乗った瑠璃亜には追いつけなかっただろうが、雅巳はレムリの首に捕まり、秋津はロランの背中に乗り、そしてレムリとロランが走ったので、瑠璃亜についていくことが出来た。風が耳元でごぉごぉ音を立てたから、一体、どれくらいの速さで走ったんだ、と思う。
 やがて、その大樹の根元へと近づいて行った。
 すると、大樹の根元には、幹をぐるりと巡らせた白い注連縄のようなものがあり、その下に佇む女性の姿が見えた。
 最初、その女性を見た時の、色彩から受ける違和感、というのは凄かった。真っ赤なドレスを着たその女性は、ふわふわした長い髪を肩から背へと流していたのだが、その髪の色は鮮やかな緑なのだ。
(クリスマスカラーだなぁ──)
 そんなことを雅巳はぼんやりと考えた。
 肌は抜けるような純白であるのが近づくにつれ、見えてくる。
 にこにこと感じの良い、陽気な笑みを浮かべた、造作の大きい顔立ちをしたその美女は、体つきもグラマスクで、全体から受ける印象が、その緑の髪のド派手さも相まって、とても華やかだった。
 ルビーのような真紅の瞳をしていた。
「いらっしゃい! まぁまぁまぁ……本当に待っていたのよっ、ごめんなさいね、こんなことになっちゃって」
 箒に乗った瑠璃亜、レムリと雅巳、ロランと秋津とがその女性の元へと辿り着くと、その女性は、ちっとも悪いと思っているふうではないにこやかな笑顔を振りまきつつ、そう謝った。
 瑠璃亜はその緑の髪の女性に抱きついて、頬にキスをした。
「こんばんわ、ツーラトゥーラ。ゆっくりご挨拶したいのだけれど、この子たちは早くお家に帰してあげないといけないの、だから後でゆっくりね」
「まぁ、残念だわ」
 心の底から残念そうに、その緑の髪の女性は答えた。
(ツーラトゥーラ……って、さっき、レムリが、ロランに飛行の魔法を送るっていっていた時に出た名前だよな。つまり、瑠璃亜同様、魔女なのかな?)
 まだ、ほんのちょっとした魔法も習得していないのだが、とりあえず、瑠璃亜に頼み込んで魔法を習いつつある雅巳は、ちょっとどきどきした。
 瑠璃亜より、本格的っぽい魔女だ──。
 彼女の目が、いきなり、雅巳のほうへとまっすぐに向けられた。
 そして、駆け寄ってくると、雅巳は両肩を掴まれ、顔を覗き込まれた。
「まぁっ、この子ね、必要な坊やちゃんは。
 こちらにいらしてちょうだい、わたくしの名前はツーラトゥーラ。
 良き魔女よ。
 じゃあ、早速、始め──」
「ツーラトゥーラ! 一応、どうしてこういうことになったのか、彼に先に説明してからにしていただけないでしょうか?」
 瑠璃亜が無理矢理に話に割り込んでくると、ツーラトゥーラはちょっと口を尖らせた。それから、ばつが悪そうに説明を始めた。
「ええと。そうね……うん、手っ取り早く説明するわ。
 この木は、エルフ族の魔法の木なの。レムリが育てている木で、なかなか良い出来だとわたくしも思うわ。
 それで、ちょっとわたし──この木を見に来た時に、レムリが忙しそうにしていて構ってくれなかったんで、ちょっぴり退屈してしまったのよ。
 で、レムリが持っていた新しい魔具が珍しかったので、ちょっといじったの──ああ、坊やちゃん、あなたが手に持っているそれよ」
 ……てさ、それって、携帯電話のことか、と雅巳は無意識のうちに握りしめていた自分の携帯を見下ろした。
「で、誰に繋がっているのかしら、と思ったら──ええと、ナオキ、でしたっけ? レムリとあなたのオトモダチと話すことになったの」
 たぶん、声だけだとこのヒトの声はすごくかん高くて可愛らしいから、こんな緑の髪の毛の魔女だとは直輝は思わなかっただろうな、と雅巳は推測する。
「何をしているんだ、と訊いてきたから、レムリの魔法の木を見ている、と話したら、どんなのか見たいというの。
 それで、その坊やちゃんの持っている魔具だと、この木の姿を送ることができるのがわかったので……送ってさしあげたの」
 直輝の携帯は、ボーダフォンの最新のやつで、画像も送れますってやつだもんな、と雅巳は思う。
 あれは、この間の宵闇祭の時によくやったからって、直輝のお父さんが直輝にプレゼントしたものだって聞いたけど──。
「そうしたら、この木がクリスマス・ツリーみたいだから、是非、自分の目で見たい、とその子は言ったのよ。お安いご用だわって、わたし、ここに連れてきたの。
 でも、そのことをレムリに話していなかったのよね──で、木はちょうどお腹を空かせていて、頃合いの子供の〈想い〉を欲しがっていたのよ。わたしもレムリから聞いていれば注意したんだけれど──木にあの子が近づいたら……」
 情けなさそうに、ツーラトゥーラはちょっとだけ言葉と言葉の間に息を継いだ。
「……飲み込まれたしまったの、木に」
「木に?──って、この木に?」
 仰天して、雅巳は思わず木に駆け寄ろうとして、レムリに引き戻された。
「落ち着いて、大丈夫。
 まだ木は彼を消化してないから、今なら問題なく助け出せるよ。
 ただ、できればこの〈魔法の木〉はなるべく傷つけたくないんだ。
 それで、きみの、幼なじみの彼への〈想い〉を出してくれないかな、と思ってね──助けて欲しいんだ。
 きみの〈想い〉があれば、それで彼の心を動かせるから、無理なく、彼をこの〈木〉から引き出せる。……頼めるかな、マサミ?」
「もちろんです!」
 雅巳は叫んだ。
 なんてこった……キレイ、とか思っていたけれど、直輝はこの銀の光が実のようにたわわに成ったこの黒い大樹の幹の中に閉じこめられているんだ! 冗談じゃない!
「どうすればいいんですか?」
 雅巳は尋ねた。
「普通にしてくれればいい。ただ……きみと彼とで共通する〈想い〉を心の中に抱いてくれれば、いろんな思い出とかね」
「わかりました」
 雅巳は、目を瞑った。
 レムリの両手が肩にかかり、その手の平を通じて、レムリの〈力〉が入ってくるのが感じられた。
(直輝!……どこ?)
 直輝との思い出なんて、腐るほどありすぎる。
 でも、中でも──目の前に、クリスマスの飾りをいっぱいに付けたツリーみたいな大木があるせいだろうか、雅巳が真っ先に思い出したのは、なんと、幼稚園の時のことだった。
 なんでこんなことを思い出すかな、と思う。
 その日はクリスマスで、幼稚園にはクリスマス・ツリーがあった。
『こんなツリー、家に飾りたいね』
 雅巳が言うと。
 直輝と芳輝の双子が、横で、うん、とうなずいた。
 特に、直輝はなんとなく無念そうにツリーを睨み付けていたのだ。その時のことが思い出された。
(直輝……)
 この、レムリの魔法の木がクリスマス・ツリーに似ているからって、だから見に来たいって言うだなんて──おれと同じで、直輝もほんとはすごくクリスマスって憧れてたのかもな。
 おれもさ……大きくなったら、心おきなく、庭のでっかいもみの木に電飾を点けてやるんだ。その時は、お前、手伝えよっ、直輝!
 ……と。
 巨大な木の中央部で、夢を見ている直輝の姿が見えた。
『……雅──巳──?』
 直輝の口元が動いて、そして、うっすらと目を開く。
 起きようとしている。
 すると、銀色の飾りのような輝く実をつけた木が大きく揺れて、銀色の輝きが一斉に揺れてきらめいた。
(あ……)
 それは、よくクリスマス・ツリーにつけられる丸いきらきらする飾り球のようなものだった。けれど、その球は、中に何かが……いる──。
(ちっちゃな……妖精たち──?)
 すごーく小さな妖精たちが、球の中に眠っている。
 子供たちの良い夢を見て。
 『直輝』、と心の中で雅巳は呼んだ。『こっちに来いよ、そこヤバイって。寝てる場合じゃないぞ──』
 『雅巳』、と直輝も答えてくる。
 『お前、どーしてこんなところにいるんだよ。秋津と一緒じゃないのか? お前、最近、おれとじゃなくて、いつも秋津のやつと一緒で──クラスも一緒だし、そのほうがいいってわかってるんだけど、でもさ──』
 『何、言ってるんだよ!』……雅巳は驚いて反論した。
 『お前がおれに寄りつかないから、そういうことになってるだけだろっ。なんでそういうことになんだよ!』
 『だって、お前──』
 ふわっ、と体が浮いたような感触があり、思わず、目を開いた。
 すると、目の前には目をぱちくりさせている直輝がいた。
「ご苦労さま、雅巳くん! ばっちりだね、さすが、幼なじみの親友同士!」
 横で、瑠璃亜はぱん、と手を叩いて、そう言った。
 直輝は雅巳を見て──そして、肩をちょっとすくめた。皮肉げに。
「ホモだって、女どもには言われるけどな」
 すかさず、雅巳の口から妙な言葉が飛び出していた。
「いいじゃんか! 別に直輝とじゃなくても、秋津と一緒でもホモって言われるし。別に、おれ、誰に何と言われてもいいけど?」
「いや……それは、それなりに問題あると思うけど……」
 直輝が、言いよどむ。
「げ──マジかよ? そんなふうに言われてんかぁ?」
 すると、横に立っていた秋津が、戸惑ったような顔をして、呟いた。
 なんだ、秋津は知らなかったんだ……女子がいつもどーゆーことをくっちゃべってるか。
 まぁ、いいや──。


 遅くなるとまずい、ということで、その後は駆け足で家まで帰った。
 ツーラトゥーラという魔女が、すべての責任を負って、ということで、強力な魔法で3人の少年たちを地球の、日常が続く志義町へと、直接に連れ戻してくれた。
 秋津は慌ただしくクリスマスの夕食に間に合わすべく路地を走って行き、直輝と雅巳は門限に遅れないように走って、「じゃあな」で別れた。
 そうしてなんとか門限どおりに家に戻ると、その日も、クリスマスだというのに、プレゼントも何もない味気ない夜が東雲家には待っていた。
 でも──その日は、ひとつだけ、違うことがあった。
『いろいろと迷惑をかけてしまったね。お詫びに……これをプレゼントするよ』
 そう言って、レムリは、魔法の木から銀色に輝く球形の実をひとつずつ、少年たちに渡してくれたのだ。
『これは、新らしい年を良きものにしてくれるお守りになるよ。持って帰って、家に飾るといい』
 夕食が終わって、部屋に戻ると、雅巳はさっそく、それを床の間の柱に大切に掛けて飾った。
「これも、クリスマス・プレゼントのひとつ──みたいなもんかな」
 レムリが言うには、新しい年の訪れとともに、この球の中で微睡んでいる妖精が目覚めて、飛び出し、必要な願いをひとつ、叶えてくれる、というのだ。
 今も、球の中には眠っている妖精の姿がうっすらと見える。
 愛らしい、小さな少女で、背中にきらめく薄い羽があるけれど、羽は小さく畳んである。
 それを眺めているだけでも、結構、楽しい。
 その夜──。
 雅巳は勉強を終えてあくびをしつつ、敷いてある布団に寝ようとしたのだが。
 妖精の入った球体を飾った床の間の柱の下に、小さな童子の姿があるのをみつけた。それはずっとその屋敷に住みついている座敷童子だろう。きっと、これは何だろう、と思って、覗きに来たに違いない。
 童子はしげしげと銀色に輝く球体を覗き込み、指でちょん、とその球体をつついた。
 ……球の中で妖精がもぞもぞと動き、ちょっとだけ伸びをした。そして、あくびをすると──また、寝入ってしまう。
 そんな妖精の様子を、座敷童子は飽かず眺め続けている。
『おれは、座敷童子が出るお前んちみたいにでっかい古い家に一度でいいから住んでみてぇ……』
 秋津が言っていた言葉が、不意に思い出された。
 うん──確かに。
 座敷童子が出る家っていうのも──結構、いいのかも……と雅巳は思った。
 新しい年も良い年でありますように。
 直輝にも秋津にもいいことがありますように。
 そして、レムリの魔法の木で妖精たちの実が弾けて、いろんな人々の願いが叶いますように。


 そんなふうに思って、雅巳は心地よい眠りへと墜ちて行った。