「これ──役に立つかな?」 シリーンは独りごちた。 「何ですの?」 すぐさま、ラクシアはシリーンの手元を覗き込んでくる。 「ぼくを、守ってくれている魔法が封じられているはずなんだ、この石に。だから、この石を使ってみる。だって、きみも一緒だし、絶体絶命って感じだもんね」 シリーンが言うと、ラクシアはうなずいた。 「まぁ、絶体絶命なのかどうかはわかりませんけれど、手っ取り早く、ここから抜け出したほうが良いのでは、という気はしますわ」 ラクシアの言葉はもっともだったので、シリーンは、石を使うことを決意した。石へと、思いっきり、自分の体に溜め込んだ魔力を注ぎ込む。 (ユーリック……助けて! ここから、他の場所へ移して、ぼくらを!) そう願って、シリーンは石を思い切り、投げた。 すると、青い石はきらきらと輝いて、空中に浮かんだ。 そして──目の前に、青い石の扉が現れた。扉は鈍い重い音とともに開き、その向こうから風がそよいで吹いてきた。 その風の匂いでわかる──この扉の向こうには、危険はない。 「ラクシア、急いで!」 その扉が長くは開いていないのを本能で悟り、シリーンはラクシアの両肩を引っ掴んで、扉の中へとふたりして体を押し込んだ。 背後で、石の扉が閉まる音がする。 そして、目の前には夕闇の草原がいきなり現れていた。 いままでいた、炎の竜の熱い洞窟が嘘のように、涼しい夕風が吹いている。 ここがハラーマのどこかなのはわかる。 でも……どこだ? 「シリーンさま──あれは?」 ラクシアは指さした方向を見ると、夕暮れのその草原に、ひとりの青いマントを肩に羽織った少年が佇んでいる。 (誰かな……?) とりあえず、骸骨姿の亡霊騎士どもと炎の竜の挟み撃ちからは逃れられたが、ここがどこなのかわからない限り、安心はできない。 油断しないで、シリーンは用心深く、その少年の様子を体を伏せて観察した。 日が落ちる前に強い夕陽が少年を正面から照らしているので、彼の様子はよく見て取ることができた。そして──。 (あれ?……もしや、あれって──?) 薄茶色の、癖のない髪に、薄い灰青色の双眸の、生真面目な顔。まだすごく若い、少年の顔立ちであるにしても、その性格が忠実に顔の表情に現れているせいか、それが誰であるのかはなんとなくわかった。 (ユーリック──だよねぇ?) でも、なんでこんなところに少年の頃のユーリックが? (あれ……?) そして、少年の前には、青い髪の少女の姿が見える。 実体ではない、暮れ方の光の中に佇む少女の幻……その姿は、シリーンに似ている。母のエフェラの幼い頃の姿だというのは、説明されなくてもわかる。 エフェラの幻像に向かって、少年のユーリックは独りでつぶやいた。まるで誓うかのように。 「エフェラ──ぼくは、きみのために強くなるよ。 勉強して、いろんなことを知って、魔法の力に頼らなくてもきみを守れるようになる。そのために早く大人になる……強くなって、ギルドを出て、きみを迎えるために、きみを探しに行く。 きっとね……」 ユーリックの手には何かが握られている。 誓いの言葉をつぶやいた少年は、手の平を開いて、その握られたものを見たので、シリーンにもそれが何だかがわかった。今さっき、絶体絶命の場面で使わせてもらった、あの……手渡された‘守りの石’だ。 (ふうん、あの石は、そういう石だったのかぁ) 石は想いを吸い取ってしまうから……。 だから、この石はユーリックがエフェラのために誓った、その時の情景を写し取っているわけだ。 「ステキ……純愛ですわねぇ」 ラクシアが冷静につぶやいた。 (んー……まぁ、ユーリックとエフェラ母さまの関係は、純愛って言っても間違いないだろーなぁ……) シリーンは口には出さず、心の中でラクシアの言葉に答えていた。 とはいえ。 ここから出なければいけない。 それには、どうすればいいだろう? (そっか、ユーリックに聞けばいいんだ) 納得して、シリーンは隠れていた草むらから立ち上がった。 そして、少年の日のユーリックの前に出た。 「あのさぁ、ユーリック……」 少年のユーリックは、驚いたような顔をして、いきなら現れたシリーンを見た。 その瞬間。 ぱりん。 石が割れる音がした。 そして……。 目の前には、幼いセリセラを抱いて、あやしつつ、食事をさせているユーリックの姿があった。 最近、成長著しいセリセラはとりわけ可愛らしくなっているのだが、その分、おいたも多くなり、青い髪を振り乱して食べ物で遊んでいるのを、ユーリックは苦労して口元にそれを押し込んでいる最中だった。 「まぁ、可愛い! もしかして、シリーンさまの妹のセリセラさま?」 ラクシアは笑顔で叫んだ。 いきなり目の前に人が現れたのにセリセラはまず、紫色の瞳の目をまん丸くして驚き、次に喜びの奇声を張り上げた。 で、驚いたのはユーリックも同じの様子だった。 「し、シリーン、いきなりっ……どーしたんだっ?」 シリーンは叫んだ。 「ユーリック!──助かったぁ!」 「だぁってさぁ。絶体絶命のピンチだったんだもん。しょーがないじゃん」 シリーンは一生懸命、説明した。 そりゃ……もし、あの‘守りの石’にそんなユーリックの思いが詰まっていたと知っていたら、もう少し、大切に使ったかもなぁ、と思う。でも、あの時、すごーくやばい場面にいて、命も危なかったのは本当のことなんだし。 そんなに怒らなくても──。 「でも、おれ、知らなかったよ。ユーリックって、エフェ母さまのこと、あんなに昔っからほんっとに好きだったんだねぇ、うんうん」 シリーンのそんな言葉に、ユーリックは顔を真っ赤にして、無言であった。 それからしばらくの間、ユーリックは、彼にしては珍しく、シリーンの前ではさすがに不機嫌な様子だったという。 (END) |