Sep,9th 嵐の中の観光
この日、気になっていたのは、サッカーW杯予選のインドアウェー戦の結果──朝、朝食前に、CNNのワールド・スポーツのコーナーをどきどきしながら見る。……やった! 4-0で勝ってる! しかも、オマーンはシンガポールでのアウェー戦、こっちは2-0勝ちなので、得失点差で上回った! 小躍りしながらロビーに降りるも、生憎の雨──。それでも、楽しみにしていたクルージングのコースで、船に乗ることに。でも、すごい雨……。結局、キャビンに閉じこめられることに。 ベルルーシ・ペンから来ている、という青年と一緒になる。どんな仕事をしているの、と聞くと、チェコ語をベルルーシ語に翻訳して本を出している、とのこと──最初、ロシア語を話す人だったので、「ロシア語に翻訳するの?」と聞いてしまったら、「ベルルーシ語です」と訂正される。ベルルーシ語とロシア語は、「ちょっと違う」のだそうです──失礼。言葉は難しい……。 午後からは代表者会議がびっしり。会議に出る前に、チベットの二人組にロビーで会うけれど、この二人は中国語は堪能なのだけれど、英語はわたしよりも少し危うい程度なので、かなり不安げな様子──。わたしはトロムソ大学構内にあるトロムソ博物館に出かけてみました。ここは小さいながらに、とてもよく出来た場所で、サーミの古い、とても美しい美術品や歴史展示、さらにこの地の15世紀くらいからの古い教会の遺物などが展示されたコーナーが素晴らしくて、しばし時を忘れる……。 夜には、ペン主宰の晩餐会がある、とのことなので、部屋に戻って待機していると、Cさんが帰還、会議会議で観光もできずにちょっと気の毒です。カザフスタンの有名な作家だという代表者の話に、ちょっと心が痛みました。この方は、大会が始まった当初から話題になっていた方で、かなりのご高齢な方なのだけれど、ロシア語しかできない様子で、SASが毎度恒例のロスト・バゲージをやらかした模様で、ホテルに到着当初はパニック状態……そういう時についほっておけないのが日本人、で、言葉は通じないのだけれど、にこにこと挨拶しあうように。カザフスタンからトロムソまで高齢を押していらしたのには、何かとても訴えたいことがあったんだと思うのだけれど、会議では、英語に阻まれ、結局何も主張できずに、怒って退席してしまった、とのこと。とはいえ、わたしたちもロシア語はわからない(わたしは大学の頃に一年だけ習ったことはあるんですけれど、実用には全然なってません、はい(汗))。「あのキリギスタンの女性がいる時に、カザフスタンのあのお爺さまがいれば、なんとか話を聞けるのでは」と、Cさんと気に掛けるようになったのですが、結局、わたしがいる間には、ふたりを同時に見かけることは最後までなくて、話は聞けず仕舞いでした。言葉、言葉、言葉──本当に、言葉は重要……。 晩餐会は、なんとなく、チベットの二人組と一緒になり。わたしは、髪が短いほうのチベット人のKathup Gyalさんとおしゃべりしながら、ホテル近くの会場になったレストランに行くと、GaiTho氏と一緒だったCさんと合流することになり。Gyal氏は、とてもダライ・ラマのことは尊敬しているらしくて、仏教の話になると顔つきが途端に真剣な面持ちに変わります。ラサから脱出して、インドに着いてから、そこでチベット人の女性と知り合い、結婚──五歳の息子がいる、とのこと。薄手のジャケットしか着てないので、この北極圏ではとても寒そげ。ダライ・ラマには二度、会ったことがある、とのこと。インドでの暮らしはどうなの、と聞くと、インドはとても暑い、と言葉を濁す。インドに亡命中のチベット人は、何年かダライ・ラマの許で過ごすと、オーストラリアやアメリカへと移住する道も開けるらしいけれど、流転する彼らに真に行き着ける場所はあるのかなぁ、と、日本人そっくりの気のいい顔つきをした彼らを見ていて、ふと思ってしまう。彼の向こうには、ロンドン在住の、亡命イラン人だという男性が座っていて、彼に、「チベット人か、前にトップテンという名前の亡命チベット人と会ったが、彼は元気か」と話しかけていました。彼と、イランについて話そうとするとすると、微妙に話が食い違う──ロンドンで医者を開業している彼は、実はイランから出たのは五歳くらいで、イランのことについてはほとんど知らないらしい、というのも、後で聞きましたが、イスラム教徒でもないらしく、イランの文化をイスラム文化、と呼ばれるのは抵抗がある、と言われて、少し、戸惑いました。 晩餐会の後、Cさんは、オーストラリア・ペンのニックと合流したいので、別の店に行く、というのだけれど、わたしとGyal氏はあまりに寒いのに日和って、ホテルの部屋に戻ってしまいました。わたしの著作などをプレゼントして話していると、Cさんから電話、Tho氏と一緒に戻ってくる、というので、さらにMさんも加わり、なんとなく、部屋でホームパーティ風にチベット・ペンの彼らとおしゃべりをすることに。 |