Sep,8th 世界はあまり平和ではないのかもしれない……


 朝、起きると、雨ばっかりだったトロムソ滞在中、唯一、この日は空が晴れていました。Cさんは獄中作家委員会のメンバーでもあるので、この日も会議がありますが、女性作家委員会のメンバーでしかないわたしは、今日からは基本的にはフリーです。
 朝食の席に着くと、昨夜、ジャパン・ペンの代表として到着したA氏目当てに、ロビー活動で、早速、インディペンデント・チャイニーズ・ペンの代表がわたしたちの席に近づいてきます──。
 ここに来るので知らなかったのですが、一口にペンクラブ、と言っても、各国の事情はそれぞれにいろいろと違います。日本のペンクラブはボランティアの団体で政府から独立してますが、韓国ペンや中国ペンは国家が運営しているので、会長さんたちは政府の公務員なのだそうです。しかも、中国の場合はそれだけではなく、天安門事件以降に亡命したライターたちが集うインディペンデェント・チャイニーズ・ペンや、天安門よりも前に中国を離れた、あるいは華僑のライターたちなどが集うチャイニーズ・アブロード・ペンなどもあり……そして、それぞれにあまり仲がよくないそうです。その他、もちろん、台湾ペンは別にありますし、その他、上海ペン、そして香港ペンは(後で調べて知ったのですが)、チャイニーズ・スピーキング・センター、とイングリッシュ・スピーキング・センターのふたつがあったりします。
 この日からは代表者会議、というのが始まって、国際ペンとしてのさまざまな決議についての投票も始まります。なので、そうした決議案についてさまざまな思惑がある各国ペンがロビー活動を活発化させていて、国際理事であるHさんなどは、朝食の席につく前に、早速、アメリカ・ペンの代表に捕まっています……そうした、代表権を持つメンバーたちの顔つきは、昨日とはなんとなく変わってきています。
 そんな中、せっかく晴れたことだし、わたしはトロムソ観光に出かけてしまいます。なにしろ、少しくらいは観光したいですし──。ポーラリア、という水族館や、北極圏の生活を展示してあるポーラ博物館などなど。お昼には、講演付きの昼食会がある、というので、それまでに帰ってこよう、と思って。ポーラリア、という水族館では、舞さん、と名付けられた若いアザラシの芸など見てご機嫌で戻ってきたのですが、少し、後れてしまったので、まぁ、いいや、と他のジャパン・ペンの人たちはあえて探さずに、ひとりで昼食会の席につきました。すると、偶然、目の前に座ったのは、朝、Hさんに紹介していただいた、大きなヨットを所有している大富豪だという、アメリカ・ペンの理事の男性──いかにもアメリカ的なマッチョだな、と思った、エリック氏。そして、わたしの横には、キューバ・ペンの代表が座っていました。
 昼食は、このノルウェーの伝統的な料理で、ホリディなどのご馳走に作られる、というトナカイの肉の煮込み料理、グランベリー・ソースと混ぜて食べるのですが、とてもとても美味しかった……のですが。食事が始まるなり、前に座ったアメリカ・ペンの理事と、わたしの横に座ったキューバ・ペンの代表者がやり合い始める。内容は、キューバ・ペンの方がおっしゃることには、英語圏の人間は、スペイン語圏の人にとって英語を習得することがどれほど大変なことか理解してない、という話で──後で聞いたのですが、もともと国際ペンでは、英語とスペイン語の両方は会議用の公用言語として使っていたのですが、スペイン語も併用していると、通訳などの経費があまりにバカにならず、スペイン語が廃止されてしまった、それでスペイン語を復活させよ、という動議が今回も代表者会議では出ていて、たぶん、それについてのロビー活動でもあったのでしょうけれど……。キューバ代表の言葉をアメリカ・ペンの理事はにこやかに微笑んで聞いているのですが、同意する気がないのは表情を見ていても明らかで、ますますキューバ代表の口調はそれで激しくなっていく、という有様─。
 キューバ代表の前には、若いノルウェー・ペンのスタッフの男性が座っていて、慎重にふたりの会話を聞いています。
 わたしはといえば、うーん……まぁ、キューバの代表者の方の気持ちもわかるけれど、スペイン語ネイティヴの人間が英語を習得するより、アジア人が英語を習得するほうがさらにずっとずっと大変なんだけれど、それならそれについて考慮してくれる気はあるのかなぁ、などとぼんやり思いつつも、代表権もない一参加者だし、わたしの拙い英語で割り込んでもことを混乱させるだけだろうし、と黙って聞いていましたけれど、ほんとは主張したほうがいいんだろうなぁ、などとも心の中で呟き。
 そのうちに、キューバ代表の前に座っていた、若い礼儀正しいノルウェー・ペンのスタッフの男性がわたしのほうにも笑いかけてきて、どこに住んでいるのですか、と尋ねたきたので、東京です、と応えると。彼は、日本に行ったことがあるけれど、東京は通過しただけで、広島に行った、と話すので、なんとなく、「もしかして、原爆のことで?」と尋ねたら、その通り、原爆の取材のためだ、との答え。それで話しているうちに、いつしか、北朝鮮の問題に。日本やアジアの状況に関心がありそうな真面目そうな人だったので、北朝鮮の深刻な飢餓と、国家の独裁体制はともあれ、北朝鮮の民衆は世界の関心と助けを求めているんだ、という話をすると、真摯に耳を傾けてくれました。まぁ、そうして訴えることにどれほどの意味があったかはわからないけれど──。
 午後には、トロムソ橋というのを徒歩で渡って、対岸に見えるモダンな教会に。いや……でも、ものすごっく歩いて渡るのは怖かったです、トロムソ橋は。歩くと揺れるし、恐ろしい高さなのにすぐ足下の海が見えて。最初、バカにして歩いていたのですが、最後のほうはほんとに怖くて、目の前だけを必死で見て歩いてました、はい。そして、教会の美しいステンドグラスを見ながら、世界って、やはりあまり平和ではないのだなぁ、としみじみ思っていたりしました。ペンは剣よりも強いというけれど。同じ言語でさえ、話が通じ合わない相手は山ほどいるというのに、ましてや、言葉が違い、文化も違い、何もかも違って……難しいんだなぁ、と。
 部屋に戻ると、獄中作家委員会のほうは紛糾したらしくて、疲労困憊のCさんが。その日の夜は、A氏ご夫妻とともにステーキ屋さんで夕食を。ムール貝の入ったクリームスープがすごく美味しかったです……。