Sep,7th 会議は始まる
朝食の席では、ナガーランド、という国から来た、前日のレクチャーで話題にあがっていた女性とご一緒することに。日本人に似た風貌だ、というのは聞いていたのですが、顔つきから何から確かにとても日本人的な感じがして、もちろん、会話は英語なのですが、とても親しみを感じます。なんでも、妹さんは日本人と結婚していて、茨城に在住なのだそうです。それも、言葉は互いにわからなかったのですが、顔つきがとても似ていたので、なんとなく、なんとかなるだろう、ということで妹さんは結婚を決心してしまったとのこと──でも、理屈ではなく、なんとなくわかる気がしました。自主出版したという、詩や、民族に伝わる昔話などを書いたというきれいな本を見せていただきました。 その他、L.A.に在住だというベトナム・ペンの方なども気易く声を掛けてきて下さって──。朝食の席には各国ペンの方たちがいらっしゃるのですが、なんとなく、アジア系はアジア系、というよりに寄り集まった感じになるのよね、とMさんが苦笑して話してくれましたが、なんとなくやはりわかるような。 その時に、長い髪のアジア系の、やはり日本人とよく似てるなぁ、という顔立ちの青年たちがいて、あの人たちはどこから来たのかしら、とちょっと気になったのですが。それは朝食の後、午前十時からのオープニング・セレモニーの前に判明しました。チベットの伝統衣装を彼らは着てきたので。インドのダライ・ラマのもとへと、中国のラサから亡命して集っているチベット・ペンから来たふたりでした。 その他、日本では、北海道沖での、ロシア軍による核廃棄物の不法廃棄を内部告発した事件で有名な、ロシアのパスク氏にもお会いしました。このパスク事件──その後、彼がロシア政府によって逮捕され、五年も投獄されたのですが、彼の告発によって事態を知ることができたのに、それに対して、日本からは彼に何のフォローもしなかったとのこと……。 昨日のウェルカム・パーティが開かれた会場で開かれたオープニング・セレモニーでは、オーストラリア・ペンの方から紹介された、日本の本を翻訳していて日本文化に興味がある、とのノルウェー・ペンの女性ライターのカーリさんとご一緒に参加することになりました。わたしが、ファンタジーを書いているので、北欧のエッダなどの神話は幼い頃からよく読んでいて、日本の子供たちは北欧の神話などについてはよく知っているんだ、ということなどを話しているうちに、セレモニーが始まりました。 国際ペンの会長や、ノルウェー・ペンの責任者、そして、オスロの市長などの挨拶が続き、そして最後に、ノルウェーのロイヤル・ハイネス、すなわち皇太子が挨拶に立ちました。若くてすらりと背が高い、ステキな王子さまでした。 さて、オープニング・セレモニーが終わると、会議が始まります。 わたしたち女性作家委員会の会議は、この初日の午後だったので、昼食会の後、Cさんとわたしは会議会場に向かいました。ふたりともにとって初めてのことなので、ちょっと緊張、です。 メルボルン・ペンのジョディスが会議の議長を務めます。各国ペンから、十数ケ国、二十人ほどの代表が集まり、女性作家委員会、という性質上、会議のメンバーは女性ばかりです。 会議の内容については、一応、部外秘、ということなので、詳しいことは書けないのですが……いろんな報告を聞くことができました。もちろん、日本の状況については、Cさんが報告します。中でも、心が痛んだのは、キルギスタンの代表である女性の報告でしょうか。キリギスタンでは、今年の二月に、キルギス語以外は公用語として使ってはいけない、という法律が出来てしまったのだそうです。ところが、国民の80パーセントが使っている言語はロシア語、彼女もロシア語しかできない──いまさら、キリギス語を習っても、まともに使いこなせるとは思えない。そして、彼女はライターです。会議のメンバーの中には、幼い頃に、彼女と弟以外はすべてイラクの前政権に殺されたという、ロンドンで育ったクルド人の女性、などもいて、世界はいろいろと……平和ではないのだな、と思い知らされます。同じ委員会の中でも、クルド人である彼女とトルコ人の代表との間には、なんとも表現しがたい緊張があるのがわかりましたし──。 会議は午後じゅうかかり、六時過ぎにようやく終わりました。なんとか終わって、ほっとした一日でした。 その日は、ジャパン・ペンのみんなとホテルの近くの中華料理店へ。偶然、ナガーランドの彼女と出会ったりしました。その日は、ジャパン・ペンの代表として有名な作家であるA氏ご夫妻が到着する日でもあったので、MさんとHさんはトロムソ空港に出迎えに行かれ、わたしとCさんはホテルに戻って、少数民族サーミの伝統文化についての映画が上映されていたので、それを見ることに。すると、そこにあのチベット・ペンの青年ふたりのうち、髪の毛の長いほうのGai Tho氏が。中国語が堪能なCさんが話しかけ、なんとなくおしゃべりすることに。人なつこい笑顔の彼は、中国にいた頃には愛国主義教育のせいもあって日本にあまりいい印象を持っていないこともあった、とのことですが、今は顔も似ているし、日本人には親近感を持っている、とのこと。実際、なんとなく話していると、表情や人との接し方が似ているせいか、ナガーランドの女性といい、あの辺りの地域の人たちとは話していると、こちらのほうも、とても楽なものを感じます──。髪を伸ばしているのは伝統的なものなのか個人的な趣味なのか、と聞くと、単なる趣味だ、とのこと。両親は反対したけれど、妻と三人の子供を連れて山を越えて中国から逃げてきてしまった、アンナ・カレーニナをチベット語に翻訳した……などということを教えてくれます。 この後、時差のせいで、急速に眠くなったわたしとCさんは部屋に引き上げようとするのですが──迂闊モノのわたしは、この時、最初のミスを。パスポートが入っていたバッグを、映画の上映会場に置き忘れてくる、という信じられないポカをやらかしたのです。おかげで、A氏ご夫妻がホテルに到着したその時に、わたしはバッグがない、と真っ青になって騒ぐ羽目に。幸いにも、バックはフロントに届いていて、ことなきを得たのですが……一部始終を見られてしまった、チベットのGaiTho氏にも、その後、何度もからかわれることに──うう、ね、眠かったんだもん……。 |