Sep,6th 世界大会の会場へ


 朝早くに起きてコペンハーゲン空港へと向かい、オスロからトロムソへの乗り継ぎ便にチェックイン。日本を出る直前の日に、ロシアのテロ事件が起きてたくさんの子供たちが犠牲になったのをテレビで見ていたのですが、空港で見かけるどの新聞もそのニュースが一面に。ハロルド・トリビューン誌という英字の新聞があったので、それをトロムソへと向かう機内で読んでいたのですが、記事の内容を読んでいてつい涙ぐんでしまいました、あまりに酷い──。
 暗澹たる気持ちになりつつ、飛行機はトロムソに着き。日本から来たらしきペンの会員の方にふたりほど出会い、それで、国際ペンからの迎えのバスが来ていたので、一緒に乗り込みました。冷たい雨が降っていて、昼間なのだけれど薄暗いし、なるほど、寒い──。
 わたしが座った場所のすぐ後ろに、やはり、東洋人の顔立ちの方お二人がいらしたので、日本からかしら、と思って声をかけたら、韓国ペンからいらした方でした。最初、ご夫妻かしら、とも思ったのですが、様子を見ていると、ちょっと違うな、と気が付き。後で判明したのですが、落ち着いた風貌の男性のほうが韓国ペンの会長で、颯爽とした女性のほうが韓国ペンの副会長、とのことでした。会長の成氏は日本語がとても堪能で、日本語で話してくださり、副会長の金貴姫氏は英語でご挨拶──。
 ホテルに着くと、同じ部屋になるはずの同じ女性委員会の副委員長のCさんはもう昨日のうちにホテルに来ていてチェックインしていたので、すんなり、部屋に入れました。
 海の桟橋沿いに立てられているホテルで、窓の外にはトロムソ橋、という長い橋が見えて、対岸にはステンドグラスの美しさでこの地域では有名だという教会の姿が見えます。
 部屋に入るとCさんの姿はなく、机の上にあったジャパン・ペンのセクレタリーのMさんの部屋番号のメモがあったので、とりあえず、「無事に着きました」のご報告。夕方の六時からトロムソの古い教会のほうでオープニング・イベントが始まる、というので、5時半頃にロビーで会うことにして、それまでは休んでいて下さい、とのことなので、言われたようにまずは一休み。しばらく休んでいると、Cさんがご帰還──なんでも、トロムソ大学ですでにレクチャーが始まっていて、それを聞いてきたのだとのこと。お昼も食べていない様子でしたが、内容はなかなか良かったようで、特に、ナガーランドという、チベット・モンゴル辺りにあって、来年、ようやく国連に参加する予定だという小国の女性の話がとても興味深かった、とのこと。CさんにMさんの言葉を伝えると、CさんがMさんの部屋に電話し、Mさんが日本茶を持って部屋まで遊びに来ることになり。みんなで日本から持ち寄ってきたおせんべやらアメやらでしばらくおしゃべり。
 そうこうするうちに5時近くなり。みんなして、少数民族サーミの人々の伝統音楽の教会でのオープニング・イベントとウェルカム・パーティに出かけるために着替えをするため、解散しました。さて、どんなことになるんだろう、とちょっとだけどきどきします。
 どんなふうなのかわからないので、わたしはとにかく正装して、その上に長いロングコートを着ていくことにしましたが。……北極圏の寒さをわたしは甘く見ていたことが後に判明します。
 ホテルの近くにある、古い教会でそのオープニング・イベントは始まりました。
 ノルウェーの音楽アカデミーの音楽家たちが企画した、この北の地の少数民族サーミの伝統音楽をフューチャーリングしたコンサートイベントです。オラトリオから始まり、やがて、サーミ人の正装である、はっきりした色合いの伝統衣装を着た金髪の男性歌手Ande Sombyさん(本職はお医者さん、とのことですが)の「ヨイク」という独特な歌声を中心とした音楽へと移っていきます。サーミの音楽は、どこか日本のアイヌ民族の歌声や北の津軽民謡、追分などのリズムを思わせます。声がお腹から喉を震わす、いわゆる「コブシ」が効いたものであること、それと狼の声などを擬態した自然音を取り入れたものであること、などのせいでしょう。一時間半ほどのコンサートが終わり、教会を出ると、すでに外はとっぷりと暗くなっていたのですが……そこでいきなり、歯の根が合わないほどの寒気がわたしを包みました。びっくりするほどの寒さでした。あまりに寒くて、寒い、というよりは本当に、ただ、びっくりしてしまいました。慌てて、ホテルまでほとんど駆けて戻りました。うーん、ほんとに北極圏に来たのだなぁ、と実感しましたね。
 ホテルに戻ると、ホテルの大広間でウェルカム・パーティが始まりました。
 各国のペン会員たちが、それぞれの民族衣装に身を纏って正装でいらっしゃいます。サーミの伝統衣装に身を包んだノルウェー・ペンの人たちの姿がひときわに目立ちます。アフリカの伝統衣装に身を包んだウガンダ・ペンやセネガル・ペンの方たちも……。
 まずは立食で食事をしていると、スピーチが始まります。
 Cさんにオーストラリア・ペンの方たちに紹介していただいたり、つい、ミーハーして、サーミの伝統衣装の方たちと写真を一緒に撮ってもらったり──。人民日報の、オスロ支局の記者、という中国人の若い男性と会ったりとしました。やがてパーティは流れ解散をしていき、わたしとCさん、ジャパン・ペンのセクレタリーのMさんと、国際ペンの日本人理事であるHさんと、近くの中国人経営の寿司バーに、明日から始まる委員会などの打ち合わせを兼ねて、お茶を飲みに。何もかも初めてなので戸惑う中で、寒くて暗い北極圏の夜は更けていきました……。