| Walesへ。コーンウォルへの旅の後、どうしてもウェールズに一足なりとも行ってみたい、という未練に駆られて、ウェールズ地方の首府カーディフへと日帰りで出かけました。 「くまのパディントン」の、あのパディントン駅から急行インターシティで二時間。 火曜日。通勤・通学の人たちに混じって、電車に乗り込みます。制服を着た子供たちがプラットフォームでふざけているのが車窓に見えました。 カーディフは大きな町でした。ブテェック、デパートにレストラン……居心地のいい地方都市、という感じ。 カーディフ城へと。カーディフの中心にある十二世紀に建てられたこの城の庭には、孔雀が何十羽と放し飼いにされていて、「くえー、くえー」と不気味な声で啼いていました。 ウェールズのこれらの城は、ウェールズ人によって建てられたものではありません。ウェールズを征服しようと激しく戦いを仕掛けた英国王朝がウェールズ人との戦いのために築いたお城です。ですから、厳密に言うと、この城は“ウェールズの城”ではなく、“ウェールズにあるイギリスの城”です。 ウェールズの本質は、むしろ、カーディフ市内のあらゆる表示の下に、頑固にいちいち書かれているウェールズ語の表示にあるのかもしれません。 カーディフの町は、とても暖かい、こじんまりした落ち着きを持っていました。そこに、彼らのウェールズ人としての誇りが感じられ、日本の小都市にムードが似ているなぁ、と感じました。 フードセンターみたいな場所を歩き回って、パンとミルクを買って帰途に就いたのですが……カーディフ駅から電車を乗り間違えるというポカをやらかしました。 もっとも、すぐな気が付いたのです。不安に思って、「Does this train go to London?」と尋ねると、「No」の返事。慌てて降りようとしたのですが、電車のドアの開け方がわからない(自動開閉じゃなくて、自分で開けるんです)。近くに座っていた女子大生に助けを求めたのですが、そうこうするうちに電車は動き出してしまった! 「大丈夫よ、次のニューポートで乗り換えなさい。わたしもニューポートで降りるから」……女子大生は真っ青になった私を宥めて、一緒に席に座ってくれました。 カーディフの大学に通っていたそうでした。育ちのよさそうな、ちょっとはにかんだ笑顔がすてきな人です。ニューポートで生まれて、ずっとニューポートで育ってきた、と言います。「日本の、東京から来たの。……ここは、田舎でしょ」と恥ずかしそうに言いました。私は首を振りました。地球の裏側から、ずっとここに来ることを考え続けてきた、ということをどう伝えればいいのかわかりませんでした。 私が乗ったその電車は、「Holy Head」というウェールズの最西端、アイルランドを睨む岬へと行く電車でした。そのまま乗っていたら、えらいことになっていたのですが……乗っていきたかったな、という気はしました。 ニューポートで別れた彼女……彼女は今もニューポートで彼女の人生を過ごしているのでしょうね。私が東京で生きているように。 その夜は、ロンドンのチャリング・クロスにあるアダルフィ劇場で、ミュージカル「Me and My Girl」を観ました。これは貴族の相続人を巡る喜劇で、ちょっぴりマイ・フェア・レディ風のストーリィ。イギリス的なウィットとアイロニーとユーモアを取り混ぜた、お奨めミュージカルです。 で、観終わったら。 横の席にいたご夫婦連れの、初老のダンナ様の方が、私にウィンクして「Do you enjoy?」 どこから来たの、と尋ねてくるので、日本から、と答えたら、「以前、日本なら行ったことがあるよ。とても美しい国だね。私は南アフリカに今は住んでいるんだ。Good trip!」 ……そしてあの男の人も、今頃、南アフリカにいて、毎日を暮らしているのでしょう。……妙なもんです。 Tower of London(ロンドン塔)は必ず、観光客が行く名所。 ここの名物は、この塔にまつわる血の歴史と、王冠や王杖が飾られている宝物庫、それに拷問室ではないか、と……。 で、私はというと、ロンドン橋近くで、あまり観光案内に載っていない、きわめつきに悪趣味な蝋人形館をみつけてしまったのでした。その名も、“LondonDungeon”。 何しろ、入り口からして、柵の向こうから骸骨が恨めしそうに腕を投げかけてきている、という徹底した趣味の悪さ。だだっ広い倉庫のような、天井の高い場所に、およひ120余りのブースがあり、過去の史実にある残酷な処刑シーンや拷問シーンを人形で再現してある、という……。 その幾つかは、電気仕掛けで動くようになっていたり、うめき声やわめき声を出していたり。ひぇぇぇぇ……。お腹を鋸引きにしているのの、鋸が電動で動いていたりするんですよ。 実は、ロンドン塔からタワープリッジを渡って、ロンドン橋のほうに行こうとしたら、ものの見事に道に迷って、偶然にみつけたところです。 地下鉄のロンドン・ブリッジ駅から、歩いて約三分くらいのところにあります。 よくわからないのは、小学生くらいの子供を連れた親子連れが多かったこと。……あんなもん見せて、夜中にうなされないかしらん(……心底、好きなのね……)。血糊とか、苦悶の表情とかがやたらなまなましくて──暗闇の中に、汚物をぶつけた刑罰、釜ゆでにされる王様、ペストで死んだ赤ん坊を抱く感染した女、裂かれる人、串刺し、火あぶり……なんでもあります。うーん、人間ってすごいわ……それがやたらリアル──。 しっかり全部観てきちゃったけれど、全部見るのに、たっぷり二時間かかりました。ホラーファンはたまんないと思いますが、恐ろしく悪趣味ですから……普通の人にはとても勧められませんね。 England……私にとっては異国の地。 でも、人に前世というものがあるのなら、まかり間違って、日本への転生の二、三回前に、一回くらい、かの英国の地に生まれたことがあったかもしれません。 イギリスを発つ最後の日、私はビッグ・ベンの足下で、テームズ川をふたたび、見ていました。 茶色く澱んだ川の水……。 同時に、私は中学生の時、友達と夕暮れに見た川縁を思い出しました。 月と太陽、星、風に大地……そして人間。 何を期待していたのかな、と思いました。……きっと、もっと幻滅することを期待していたのでしょう。私のメンタリティと決定的に違う何かがあるイギリスを。でも、短い滞在が私に見せてくれたのは、「日本」という遠い国で私が心の中の風景にしていたイギリスでした。 とても逆説的なのですが……。 だから、私は日本に住んでいていいんだな、と思いました。 とにかく、イギリスとはお友達になって帰れたんじゃないかな、と思います。まだまだ知らない部分が多いお友達ですけれどね。 日本に帰って……ふたたび、私はイギリスを夢想しています。かの地の風景とその土臭い匂いを。すてきな旅でした。 書きなぐってしまったイギリス旅行記。でも、今のうちに書いておかないと。そんな気持ちで書いちゃいました。 でも、書いているうちに、いろんな旅の思い出が心の中に情景として映りました。 イメージの中にあった、荒野で火を囲む人々は、今度の旅で少し、近づいたようです。英語という異なる言葉で話しても、人々は変わりません。「見たことのない風景」は「記憶の中の土地」になり。ケルトの精霊や神々、妖精婦人たちは、これからも私の夢想の中で勝手気儘に生きてゆきそうです……。 |