| Just reading……今度のイギリスの旅でもっとも感銘を受けた言葉です。 バス・ツァーで一緒になった各国のお年寄りの方々とは、否応なくお話しすることになりました。なにしろ朝食・夕食ごとに幾つかのテーブルに別れて、魚料理・肉料理とほぼフルコース……その間、同席の方とは、黙っているわけにもいきませんから、苦手なヒアリング・スピーキングで四苦八苦──。老紳士や老淑女の方々ですから、お気を遣って下さいますが、甘やかしては下さいません。英語のシビアなお勉強になりました。 でも、ここでわかったのは、イギリスという国の見かけ以上の広さです。 カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカ……世界各国の英国連邦の人々。このツァーに参加していたお年寄りは、皆、息子さんやお嬢さんがそれぞれの国からイギリスに働きに来ていて、お孫さんの顔を見に来るついでに観光を、という人がほとんどでした。 私は、「お国では若い人たちがイギリスに来て働く、というケースは多いのですか?」と彼らに尋ねました。「Yes」……彼らは答えます。 「では、その人たちは、つまりあなたの息子さんたちは若い頃はイギリスで働いて、最終的にはリターンするのか?」……訪ねると、「Yes,of course」という答え。……うーん。 つまり、ですね。日本でいえば、「県」という感覚に近いようなのです。 ほら、地方出身の青年が東京に大学に行くので上京して、ある人はリターンするけれど、相当数の人たちはそのまま都会で就職する。で、ご両親はたまに孫の顔を見に上京してきて、東京見物……ああいう感じ。 イギリスにとっては、それがカナダやオーストラリア、南アフリカや、さらに香港、インド……なんですね。 シェークスピアの「真夏の夜の夢」の中に、唐突に話の発端に“インド人の美少年”が出てくるでしょう? あれって、イギリスに来るとすごく納得します。すごく身近な存在なんです、インド人ってほんとによくロンドンで見かけます。……で子供がホントに可愛いのよねぇ……うん。 話をもとに戻しまして──just readingの話。 イギリスのツァーは、日本のと違って、すごくゆったりと日程が組まれています。まぁ、高年齢の方々の参加が主体のせいもありますが……。 私が参加したツァーでも、三日間はフォーマスに泊まり、で、一日は自由な日でした。 私はというと、なにしろ自由時間……何をしようかとプラン作りに慌てふためき回り中に「どういうプランを持っています?」と情報集めに聞いて回りました。ところがっ。 ……誰も何も考えてないんです。 ある老婦人は、答えました。 「I will be reading(わたしは読書をします)」と。 「はっ?」……わたしは思わず聞き返しました。 「Just reading」……老婦人は、悠然と微笑んで答えます。 こ……これは……はっきり言って、カルチャーショックでした。 日本人の誰が、遠い異国にわざわざ来て、その旅先のホテルで陽に当たって、ただ一日、読書などする、という発想をするでしょうか。 旅をするなら、何でも見てやろう、何でも食べてやろう、とにかくやれることを何でもしよう……私などの旅の根本思想はそこにあります。 でも、西洋的なHolidayの感覚って、全然、違うんです。 そんなにあちこち見て回って、疲れないか、といいます。 Holidayの目的は、疲れをとることであって、疲れることではない……。 Holidayで場所を移動するのは、観光のためではなく、むしろ、日常から離れた場所に行って、この世の憂さを忘れるため……。 そこで「違う」日常を送るためであって、非日常を手に入れて疲れるためではない……というわけです。 イギリス滞在中、お世話になったロンドン在住の父の友人、T島さんのご夫婦にこのjust readingのカルチャーショックのことを話したら。T島夫人が笑って、こんな話をして下さいました。 よく日本人は、Gardener(庭師)さんに笑われるそうです。「あなたがた日本人は休みを取らないのか」と。で、彼女は「そんなことはないわよ、今度の金曜日から三日間、遊びに行くわよ」と答えたところ。 「たった三日か。で、何処に行くんだ?」 「あそことこことここを回って、こことここへ行く……(とよくあることですが、お子さんを連れてウェールズの名所を自動車でいろいろと回るプランだったのですね)」 ──すると庭師さん、仰天した風情、「You are crazy! そんなに走り回って、帰ってきてから仕事はどうするんだ?」 ……考え方そのものがほんとに違うんですね。 イギリス式Holidayも素晴らしいと思うけれど、やはり、旅に出ると「なんでも見てやろう」についなってしまうわたし……つくづく日本人。 でも、just readingの余裕とかっこよさも忘れられない思い出ですね。やっぱり大英帝国は伊達じゃないわ……。 Falmouthでの自由時間、just readingの言葉にノックアウトされつつも、やはりホテルで一日ゆったり過ごす……という選択はできず、私は結局、ペンダニス城へと観光に出かけました。 地図を見ていただけるとおわかりになるでしょうけれど、コーンウォル地方というのは、海峡を挟んで、スペインに一番近い土地で、かつてはスペインの無敵艦隊とイギリスの海賊たちが丁々発止をやっていた要衝の地であるわけです。 だから当然、その当時、フォーマスは重要な軍港でした。 フォーマスは入り江になっていて、その入り口の両側にペンダニス城とセント・マウエス城があり、入り江に入ろうとする軍船には両側の城から大砲を打って撃破するようになっていたのです。 七つの海、七つの空……大英帝国を築いた海の男たち──。今も砲台は海原を睨んでいます。海戦で敗れた捕らえられた捕虜たちを入れた地下牢の跡。頭の中には、イメージとして、かつて夢中になって読んだホーンプロワーシリーズのシーンも去来します。 フォーマスの城下の港町にはいろんな民芸品屋さんがあって、この地の古い信仰に結びついたいろんな護符もみつけました。とうもろこしで作った縄状の魔よけ、民間に伝えられている幸運の小人ピスキィ。ピスキィはきのこの影などに住んでいて、人々に幸せと繁栄を与えるのだそうです。民芸品を売っていた人が良さそうな婦人にピスキィを指さして、「Do you believe it?」と尋ねたら、「Yes. Are you?」と聞き返されて、なんとなく焦ってしまいました。 その夜……ホテルの窓から、フォーマスの入り江をぼんやりと見ている時。突然、辺り一面が停電になり、すべてが闇に包まれました。 私はその時、窓際にいて、頬杖をついてまま、茫然としました。いきなり、太古の闇のような夏の暗闇に叩き込まれたのです。 物音ひとつしませんでした。 夜中の十時頃でしたでしょうか。 どうやら停電らしいと納得したのですが、ホテル内では騒ぐ気配もなく……それでわたしも窓際に戻りました。 耳を澄ますと……波の音と、微かな水鳥の身じろぐような鳴き声、そして……港に停泊しているヨットが互いにぶつからないように渡してある綱のせいでも潮と一緒に揺れ合い、そのマストにつけてある鈴が潮につれて鳴る、チリンチリンという音が聞こえてきます。 とても静かでした。……時が過ぎる音すら聞こえてきます。 目が闇に慣れてきて、入り江の対岸の黒い茂みが見分けられるようになりました。満天の星の灯りがなんと明るいこと。……星明かりにうっとりしてしまいました。 とても心地よかった……。 途中、一回、自動車が対岸に来て、岸辺を照らしました。 びっくりしたのは、車のサーチライトの光の強さです。こちらの岸まで届きました。……ああ、現代という“時”は明るいのだな、と思いました。 もし、古代に、一台の車のサーチライトが夜にあったなら、人々はどれほど驚いたでしょうか。 私は、この土地が好きだ、と思いました。その夜の闇の中で、私はチリンチリンという鈴の音を波と一緒に聞きながら、とても安心しきって眠りました。 |